病院の選択

2011年5月29日(日)

慶應義塾大学病院を選んだ理由

  赴任先の群馬県高崎市で最初に腎癌の疑いを診断されましたが、治療は自宅のある東京都内の病院の中から選ぶことにしました。 病院を決めるにあたって考慮したのは、以下の点です。

  • 現在の腎癌に対する有効な治療は手術しかありません。 したがって、手術経験の豊富なところにしました。 腹腔鏡での手術と決めていましたので、そうすると都内でも数院に絞られます。
  • 癌は一生の病気ですので、今後も通いやすいように交通の便が良いところにしました。 自宅は都内と言っても都心から離れた田舎ですので、場所によっては片道2時間近くかかってしまうところもあります。

  このような観点から慶應義塾大学病院を選んだのですが、後々これ以外にも考慮すべき点が多々あったことが分かりました。 全ての点において慶應義塾大学病院はクリアーしていた--と言うより慶應義塾大学病院の治療を受けて、考慮すべき事項を気付かされたという方が正しい言い方になります。

どんな手術を受けるか

  腎臓の癌(腎癌)には腎細胞がんと腎盂がんがありますが、いずれも有効な抗がん剤はありませんし放射線治療も確立されていません。 手術で病巣を取り去るのが唯一の治療方法になります。(ステージW期は除きます)
  手術を受けるということは人生にとっての一大事ですから、慎重に検討する必要があります。 手術を考える上で、先ず以下の2つの原則を理解することが重要です。

  1. 身体の中で取っても構わないものは何一つない。 取る範囲は最小限とすべし。
  2. 身体を切って良いことは何一つない。 切る範囲は最小限とすべし。

  よく腎臓は1つあれば問題ないと言われますが、本当に1つだけで良いのであれば進化の過程でそうなっている筈です。 実際に片方の腎臓を取ると、残った方の腎臓が肥大して機能を補おうとするそうです。 つまり、もともと1つだけだと健康な腎臓でも容量が足らないのです。 一昔前までは無駄な器官と考えられてた盲腸(正確には虫垂)も、実は重要な免疫の機能を担っていることが徐々に分かってきています。
  2つ目の身体を切るという行為ですが、「身体髪膚之れを父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始め也」という教えとは別に、医学的にも身体を切ることで様々なリスクが発生します。 手術を受けるためには切らざるを得ませんが、リスクは最小限に抑えたいものです。 ここで言うリスクとは合併症のことです。 合併症については「手術」で詳述します。

(1) 手術範囲について
  腎癌では、腎臓・腎周囲脂肪組織・所属リンパ節・同側副腎を腎筋膜(Gerota(ゲロタ)筋膜といいます)ごと切除する「根治的腎摘除術」が、広く行われてきました。 しかし最近では、以下の方法でも生存率が変わらないことが報告されています。

  • 病巣だけを切除して腎臓を残す。(腎部分切除術やネフロン温存手術といいます)
  • 上極に大きな腫瘍が無い場合とCTで副腎に異常を認めない場合は同側副腎を残す。
  • 所属リンパ節の切除(リンパ節郭清といいます)を行わない。

  一昔前は、病巣の周囲なるべく広い範囲を切除した方が生存率が高いと考えられていました。 しかし最近、腎癌だけでなく他の多くの癌でも、広く取っても生存率が変わらないことが分かってきました。 逆に広い範囲を取ったために、術後合併症に苦しむというマイナス面が問題になってきています。
  3番目のリンパ節郭清に関しても、少し前とは考え方が変わってきています。 リンパ節転移がある場合でも、リンパ節を取ろうが残そうが生存率が変わりません。 これは一般の感覚ではちょっと理解し難いのですが、それが最近分かってきた事実なのです。 日本泌尿器科学会のガイドライン(2007年)では、リンパ節転移が疑われる場合はリンパ節郭清は推奨されるとしていますが、 NCCN (National Comprehensive Cancer Network) のガイドライン(2010年)では「リンパ節郭清は治療的意義はない」と言っています。 意味があるとしたら取り出したリンパ節から予後に関する情報を得ることのみになりますが、画像診断技術が進歩した現在、検査のためだけにリンパ節を取る必要はありません。 慶應義塾大学病院でも「腎癌の手術ではリンパ節郭清をすることはありません」とはっきり言われました。

(2) 手術方法について
  最近は腹腔鏡と呼ばれる内視鏡を使うことによって、お腹を大きく切り開かずに行う手術が広まってきています。 これを腹腔鏡下手術と言います。 一方、昔ながらのお腹を大きく切り開く方法を開腹手術と言います。 一長一短あるように言われていますが、手術における患者の身体への負担や術後の合併症を考えると、圧倒的に腹腔鏡下手術の方が有利です。
  腹腔鏡下手術を選択するときに気を付けないといけないのが、医者の技量です。 患者にとっては負担の少ない腹腔鏡下手術ですが、医者にとっては腹腔鏡下の方が難しい手術になります。 そのため認定医制度が取られていますが、やはり経験がものを言うようです。 こなした手術例が多いほど安心できます。
  各病院の手術件数は公開されていますし、そのうちの腹腔鏡下手術の件数も調べればたいてい知ることができます。 しかし、手術の内容までは知ることができません。 難しい手術も腹腔鏡下でできるのか、それとも腹腔鏡下では簡単な手術だけしかしていないのかは不明です。 これはもう医者に直接聞くしかないと思います。
  最終的には、リスクを評価して決断するのは患者です。 さいわい腎癌はすぐに手術しないといけないというものではありません。 手術までには数週間〜数ヵ月あるのですから、医者の話をよく聞いて決心すればよいと思います。

検査と薬について

  腎癌の検査はCTが基本になります。 そしてCTの技術は最近非常に精度が上がっているので、通常CT検査だけで事足ります。 日本泌尿器科学会のガイドラインでは造影CTを推奨しており、MRIの併用は特別な事情があるときに限っています。 また、NCCNのガイドラインでも同様です。
  一方、骨シンチグラフィーは腎癌の病期診断には有効でないという結論が出ており、これも特別な事情が無い限り受けることはないはずです。

  腎癌では有効な抗がん剤はありませんが、免疫療法としてインターフェロンやインターロイキンなどのサイトカインが使用されてきました。 サイトカインとは免疫のために働くタンパク質の総称です。 しかし、これまでの20年に及ぶ治験の結果、有効性が無いことが分かってきました。 昔は手術後の再発予防のための補助療法として使用されていましたが、現在では効果が無いばかりか強い副作用を持つこれらの薬を使うことはありません。

  最近は手術による合併症を避けるために、手術前や手術後に患者の身体に不要な負担をなるべくかけないようにしています。 もしも旧態依然として無用な検査や投薬が行われるような病院でしたら、そこは絶対に避けるべきです。 手術前にどんな検査をするのか、手術後にどんな処置をするのか、これらは最初に聞けば教えてくれるはずです。

最新の医療を受ける

  以上いくつか述べた事項は、「最新の研究成果が治療に反映されているか」ということに尽きます。 医療に関する技術も癌に対する理論も日進月歩です。 次々章「手術」で紹介しますが、術前術後の管理方法も私が20年前に手術を受けたときとは大幅に変わっていました。
  過去の医療がただ単に古いというだけなら、それほど問題はないのですが、過去の方法や考え方が人体にとって有害であることが多いのです。 そのために、いろいろ見直され改善されています。 したがって、最新の研究成果が取り込まれているということは、治療効果を期待する上で非常に大切なことだと思うのです。

  私が受けた治療は以下のような内容です。

   手術:腹腔鏡下による右腎全摘出(副腎は残す)
       (腫瘍が腎杯にかかっていたので、腎臓を残すことはできませんでした)
   検査:CTのみ(単純CT+造影CT)
       (全身麻酔下での外科手術のために必要な心電図や肺機能検査等は除く)
   投薬:入院中・退院後ともになし
       (手術に必要な下剤や抗生剤、痛み止めは除く)

2011年5月29日(日)