腎癌の予後(前編)

2011年8月1日(月)

手術が終わって

  手術が無事終わって合併症もクリアし、病巣がきれいに取れていて創が癒えれば、たいていの病気はめでたしめでたしです。 しかし、癌はそうはいきません。 癌には再発があります。 そして、片方の腎臓を全摘出した場合は、残った腎臓の機能にも目を配る必要があります。
  私は主治医から、手術後には以下の2つの点を気をつけて診ていくと言われました。
   • 再発しないか。
   • 残った腎臓の機能が低下しないか。

  手術で癌細胞を取り出して検査するまでは、本当に癌かどうかは確定できません。 また、どの程度の悪さ加減の癌なのかも、画像診断でおおよその予測はつきますが確定ではありません。 これを確定させるのが病理検査です。
  「前編」では腎癌の病理検査について記述します。 そして、「後編」では再発と腎機能に関するアフターケアについて述べたいと思います。

病理検査では何を見るか

  私の場合は右腎全摘出でしたので、全摘出のケースについて話を進めます。 部分切除の場合は若干異なる点があるかもしれませんが、概略同じではないかと思います。

  先ず取り出した腎臓はその場で執刀医に2枚におろされ、開きにされます。(左写真マウスを重ねると拡大します) この時点で、執刀医には外観で癌の種類は大抵分かるそうです。 しかし、まだ確定ではありません。 この後、病理医に回され、病理検査で確定します。
  私の癌の病理検査結果は以下の通りでした。
    • clear cell carcinoma
    • G2 > G3
    • INF α
    • v(-)
    • pT1a
    • surgical margin (-)
順番に説明していきます。

腎癌の組織学的分類 ( clear cell carcinoma )
  所謂、腎臓癌の種類です。 WHO(世界保健機関)による腎腫瘍の分類に基づき、国内では腎細胞癌の種類を6種類に分類しています。 肉眼による所見と組織の顕微鏡観察の結果から判定します。 腎細胞癌の8割が clear cell carcinoma だそうです。 癌の種類によって予後が良いものと悪いものに分かれます。
  患者にとっては癌細胞の形がどうこういうのは関係なく、重要なのは予後が良いのか悪いのかということです。 専門書によると以下の傾向があるそうです。

  • clear cell carcinoma (淡明細胞癌):予後はピンキリ
  • glanular cell carcinoma (顆粒細胞癌):予後はいろいろ
  • chromophobe renal cell carcinoma (嫌色素細胞癌):予後は良い
  • spindle cell carcinoma (紡錘細胞癌):最も予後が悪い
  • cyst-associated renal cell carcinoma (嚢胞随伴性腎細胞癌):予後不明(予後に関する記述見当たらず)
  • papillary renal cell carcinoma (乳頭状腎細胞癌):予後が良いタイプと悪いタイプに分けられる

以上はあくまで傾向で、癌の種類も決して1種類というわけではなく、幾つかの癌の特徴が混在して観察されるようです。

組織学的異型度 ( G2 > G3 )
  細胞の核の大きさを正常細胞の核と比較して、I 〜III に分類します。 腎癌の場合、比較とする正常細胞は近位尿細管上皮細胞と規定されているそうです。 近位尿細管ってどこ?という方は、医療情報サービス Minds(マインズ)の 「腎臓のつくりとはたらき」を見てもらうのが分かり易いかと思います。
  近位尿細管上皮細胞核より小さい場合を異型度 I、同等が異型度II、癌細胞の核の方が大きいと異型度IIIとなります。 そして、異型度 I をG1、異型度II、III をそれぞれG2、G3 と表します。G は grade の頭文字です。 核の異型度は腫瘍の予後を反映すると言われており、G1 よりG2 の方が、さらにG3 の方が予後が悪くなります。 異型度は細胞の「たちの悪さ」を表すものとして「悪性度」と称している本もあります。
  私の場合の G2 > G3 というのは、異型度IIの中に一部異型度IIIのものが見られるということだそうです。

組織学的浸潤増殖様式 ( INF α )
  癌細胞の発育様式の分類です。 癌細胞が膨脹型に発育しているか浸潤増殖しているかを視ます。 膨脹型を INF α、浸潤増殖している場合は INF γ、両者の中間を INF β と表します。 INF α は予後が良好なものが多く、INF β、INF γ と予後不良となります。
  なお、INFは infiltration (浸潤)の略です。 ちなみに腎癌でよく出てくるインターフェロンは IFN ですので間違えないように。

静脈浸潤の有無 ( v(-) )
  腎細胞癌の浸潤様式としては静脈浸潤が多く、静脈浸潤があると転移の確率も高くなります。 静脈に浸潤している程度を1〜3で表します。 数字が大きいほど浸潤が進んでいることになります。 (-) は浸潤なしになります。
  ちなみに v は静脈(vein)の頭文字です。

癌の大きさ ( pT1a )
  病期を規定するTNM分類については「発覚」で触れましたが、これが病理検査で確定すると頭に小文字の p が付きます。 分類の基準は変わりません。
  p は病理学(pathology)の頭文字です。

取り残しの可能性 ( surgical margin (-) )
  癌細胞が切断面からどのくらい離れているかを surgical marign と言います。 surgical marign が狭いと取り残しの可能性が高くなり再発率も上がります。 negative (-) と positive (+) で表します。 米国のホームページに分かり易い絵がありましたので、下に示します。 negative (-) だと取り残し無しということになります。

surgical margin (-) surgical margin (+)
Pam Stephan, How Surgical Margins Affect Breast Cancer Treatment Decisions, About.com Guide, 2009 より

病理検査の結果を聞いてどうするか

  自分の癌細胞がどういうものかを正しく知ることは、自分の病状を知る上で大切なことです。 しかし一方で、知ったからと言って何かできるというものではないというのも事実です。 上で述べた「予後が良い悪い」というのは、再発の可能性が高いか低いかということで、それ以上でも以下でもありません。
  以下、私と私の妻が病理検査結果を聞いたときの主治医との会話です。

私 : 「悪性度が最も悪いG3ということですが、これはどう捉えればいいのでしょうか?」
主治医(以下「医」): 「再発の可能性が高いということです。」
妻 : 「再発しないように今後の生活で気を付けないといけないことはありますか?」
医 : 「気を付けてもどうしようもありません。」
妻 : 「何かの症状に気を付けないといけないとか・・・」
医 : 「症状が出る前に我々が見つけます。」

  病理検査の結果はこの後のフォローアップの計画を立てる上で重要なものです。 しかし、患者にとっては病理検査の結果が予後の良い兆候を示すものであれば安心材料にはなりますが、悪いものがあったときは残念と思う以外する術はありません。
  でも、いずれにしろ可能性の話ですので将来の確かなことは誰にも分かりません。 何せ癌自体がどういうものなのか未だ解明されていないのですから。 NHKスペシャル「がん 生と死の謎に挑む」の冒頭のナレーションから -- 『実は癌か癌でないのかは、医学が進んだ今でも、病理医が経験を頼りに判断するしかありません。 癌は機械でも薬でも判別できません。』

2011年8月1日(月)